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もうすぐ記念日

普通に普通に年末年始を過ごしたのに,何か去年までと全然違って忙しい。
普通に御節を作って,お寺で除夜の鐘をついて,普通に初参りをして,普通に誕生日を祝ってもらって,普通にスキーに行って,温泉に行って,普通に讃岐うどんを食べに行っただけなのに,あっという間に冬休みが終わって,学校行事が目白押し。しかも先週は子どもの誕生日とえべっさんもあった。
今週は今週で色々ある。今日はバドミントン・サークルの初打ちで,既に腕が痛い。こんなことでは明日のアクリルタワシの試作会,うまく鈎針が扱えるか不安だ。そして震災記念日の明後日は,お迎え訓練と防災訓練。
私に静かな一人の時間を!

阪神淡路大震災のとき,私は別の都市で眠っていて,まったく揺れを感じなかった。なので震災のひどい状況は,私にとっては現実からかけ離れたテレビの中の世界だったのに,どういうわけか,今,私はもっとも被災状況のひどかったといわれる地域の一つの,その山の手に住んでいる。私の町は地盤が強固だという話,当時もほとんど被害が出なかったのだそうだが,隣の町では自宅が全壊したという人も珍しくない。だけど,想像力にも限界があって,そんな話をいくら聞いても,とてもわが身に引き受けて考えることはできず申し訳なく思うのだけれど,彼女らの話を参考に災害に備えることができるのは有難いことだ。
この季節,新聞にも「震災の記憶忘れまじ」と,盛んに掲載される震災の記事。別の都市にいたときに比べて,この街では,これだけの歳月が流れても,まだまだ大きく取り上げられる。そういった記事から,追悼のセレモニーとか,当時の状況とかを知ることができるのはいいのだが,一方で,三面記事として被災者のライフストーリーが掲載されることには,なんとなく釈然としないというか,…ズバリ書くと噛み付いてくる人がいるかもしれないけど・・・,「あぁまたか」みたいな倦怠感のようなものを感じてしまう。だけど,そうは思いながらも,この人たちが乗り越えた困難はいかばかりか,いくら敬意を払っても足りないくらいに違いないと,熱心に記事を読んでしまう自分がいて,つまり以上のように,大勢に影響のないことだと分かっていながら,流しちゃえば済む話に整理をつけようとして,でもそれができずに,スッキリとしない気持ちで日々を送っている自分にイラついて,とりあえず試しにこうして書いてみているわけだ。
明後日には,また何か気持ちの変化があるのだろうか。

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コメント

被災してなくても,種々の間接的な影響がありましたよね。ただ,リアリティはあまりなくて…。
でも,だからといって,リアリティを想像すること,特に,ただその悲惨さを知るように強要しようとする人には少々困惑します。追悼セレモニーも当事者の癒しの空間以上のものではない,などと思う私は少々被害妄想なのでしょうが…。

投稿: mozaiek | 2008-02-27 00:04

そんな、謝っていただくと困ってしまいます。
スペインに住んでいると、あの日のことをわざわざ、思い起こしたりすることも無く、ただ日々を過ごしてしまっています。
ネットの新聞報道などで、あぁ、近づいたんだなぁ~と思うのですが、私からはとても乖離した感じです。
私自身が直接的に大きな被害にあった訳ではないし、家族も震源地に近い神戸に住んでいながら、無事で、近い友達も皆無事でしたが、当時働いていた会社の上司の家が全壊、中・高校時代の友人の家が壊れたり、ご家族に不幸・・・とか。
全ての知人の安否を確認していったら、もしかしたら、もっといろいろと悲しい話があったのかもしれませんが、自分に精一杯でそれどころではなかったです。
神戸を離れてしまっていたし、会社に出社できない上司の代わりに
仕事をしなくてはいけなかったので、私自身は渦中の神戸を自分の目で見ていないんです。ある程度落ち着いてから、もう一つの仕事場である、芦屋の様子を知るくらいです。
それにしてもあの時神戸にあんな事が起こるなんで誰が想像したでしょう・・・。

投稿: アミーゴプラザ | 2008-02-26 19:05

アミさん,ども。
折角久しぶりに来てくださったのに,こんな話題でごめんなさいね。
逃げ出したくなる気持ち,分かるような気もします。福岡で地震に遭った母も,揺れにはかなり敏感で,気の毒になるくらいですもの。

それはともかく,ご無沙汰してましたが,私もそちらに遊びに行きますね!

投稿: mozaiek | 2008-02-21 23:29

banzuai38さん,ども。
そちらもひどかったよね。
水のことは私もかなり耳にしました。ポリ袋必須らしいね。どのバッグにもレジ袋をほりこんでるよ。

投稿: mozaiek | 2008-02-21 23:26

名無しさん,ども。
戦争の記憶と違って,人為的なものじゃないし,回避できるものでもないから,時間に癒されるのはいいんじゃないでしょうか。要は,知恵を受け継ぐことだと思います。

投稿: mozaiek | 2008-02-21 23:23

おひさしぶりです。
あの日、私は大阪市内のマンションに住んでいました。
どーんというつきあがるような揺れと、両開きの食器棚から食器が落ちる音でびっくりして目が覚めました。
ベランダのドアの鍵がかかっていなかったようで、勝手に戸が開いていました。
あの時いろいろあって、日本脱出を決意し、今に至る。。と言う感じです。
今考えると、私は逃げ出しただけなのかもしれません。。。
久しぶりにモザイクさんのところに来たので、楽しいお話がしたかったのですが、つい、この記事が目にとまってしまい・・・

投稿: アミーゴプラザ | 2008-02-14 08:31

カレンダーが変わって,まったりしたいがそうでもない頃だった。TVニュースで知った。
こっちよりひどいことになっている。ってね。
こちらは常時地震にはなんらかの対応っていうか心持はあるっす。いつでも来い!みたいな。でも怖いのが本音。
「水」がSTOPすると本当に困る。まず,のどが渇くよ(w
神戸に隠れてしまったっていう感じはある。正直。本当に怖かった。あの地震は。しかも続けて。。。そっちまで?
備えあれば,憂いなし。備えてくださいませ。
へばね~!

投稿: banzuai38 | 2008-01-25 21:54

近しい人を失った人と、そうでない人。被災者にも温度差が現れてきましたね。
中学生以下なら体験そのものが無いし…。

新長田の駅前で追悼イベントの準備をしていた中学生の大半が、友達同士でふざけ合っていて、先生にどやしつけられているという光景ひとつ見ても、記憶の風化が著しいことを感じます。

投稿: | 2008-01-23 17:58

>うさぎさん
おっしゃるとおり,普通の生活ほど尊いものはないですね。
子どもがいたり,親の面倒を見ていたりなどと,責任を持たねばならない立場になると,一つの歯車がかみ合わなかった場合に起こる生活の危うさを恐れてしまいます。
だけど,こちらのみなさんは強いですよ。多くの人が,容易には想像できない困難な局面を乗り越えてこられて,でもそれをよそ者にひけらかすわけでもなく,真摯に生きている。そんなことに励まされています。

投稿: mozaiek | 2008-01-23 17:01

>浪花屋さん
よそ者には疎外感を感じるシーズンですわ。
当事者もいくつかに類型されるようです。
饒舌な人からは切実さは感じないですね。参考にはなるけど。
逆に,人の生死の分かれ目に遭遇した人にとっては,この話題,このシーズンは,どうやらまだ心につらいみたい。

投稿: mozaiek | 2008-01-23 16:52

多分、モザコさんが冒頭部分で書かれている様な日常の中で
「普通に」されている事、そういう事が普通に出来るのが
幸せなのかなぁ、なんて思ったりします。普通、当たり前だと
思っている事が実は、とても幸せな事だったりするんだなぁ
と時々身にしみて思います。きっと、実際に関西や新潟の方の
様に大きな地震を体験された方とか、大病を患った方とか
大事故に遭われた方々は、みんなが普通だと思っている事が
いかに素晴らしい事か、奇跡的な事なんだと実感して
いらっしゃるのかも知れませんね。

投稿: 淡雪うさぎ | 2008-01-16 22:31

もう13年か…。うちの近くで、子供の頃によく行った銭湯の煙突が倒れたさ。
その銭湯は結局再建できなくて、廃業してしまいました。

mixiのフォトアルバムに当時取材したときに撮った写真を載せてあるので、お暇なときに覗いてみて。

投稿: mixi@浪花屋 | 2008-01-16 06:05

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