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毎天辛苦了

なんて素晴らしい晴天だ!
と思ったが,大阪平野には薄く靄がかかってきた。
ウインタースポーツのシーズンが終わったが,結局,今シーズンの長男のスキーを見たのはたった一度だけだった。これからはインラインスケート。彼のスピードや技術がどのくらいのものか,じっくり見てみたいものだが,今日は見れるだろうか。

今年度は幼稚園のPTA役員の執行部の仕事を引き受けているのだが,これが悪玉園長のせいで内部的に混乱していてかなりマズい感じ。それに加えてボランティアの帰国生親の会の会合とか,子ども達のピアノの発表会のリハとか,色々あって毎日お疲れ。今日は完全オフにしたかったけど,ルーチンワークからは逃れようがないわけで。でもあと半日,お勉強教えるのだけは頑張って,家事は今日も適当に流そう。夫の仕事,早く終わらないかなあ。

私は府民じゃないのだが,もと府民なのでなんとなく大阪のことが気にかかっている。
彼が「衣食足りて礼節を知る」といったように,いや,それがきちんと言い表しているかには,ちと疑問の余地があるのだが,確かに,大阪府のPTの案は,貧困な国のものそのもの。子どもの教育にかけるお金,弱者を救済するためのお金,芸術のためのお金。そういったものは直ちに可視的なコストベネフィットがないとしても,個人の多様性を認め最低限の生活を守ろうとする国では必要なものだ。
近い将来に,私たちの福祉にかかるお金を背負うのは,私たちの子どもの世代。いくら多額の年金を納めていたとしても,国の会計は単年度なのだし,グローバル化した世界経済においては,将来のために投資していてもそれらが全額保証されているわけではない。子どもたちに国際競争力をつけさせるのが重要なことだろうに。
医療技術はどんどん進歩するけど,医療を受けるには費用が必要。高度なものであればあるほどに。じゃあ,豊かでない老人は,高度な医療を受ければ延命できるはずの人は,一体どうすればいいのだろうか。日本は,そういった人にも高度な医療を提供する社会を目指すのか,それとも,分相応に,貧しい人には早めの死をおススメする社会を志向するのか。私たちが老人になったとき,子どもの世代は,いったいどちらを選ぶのだろう。
大阪センチュリー交響楽団に対する補助金廃止は,芸術切捨ての象徴的な話題だ。大阪府が倒産状態としても,大阪の個々の住人全員が貧困にあえいでいるわけではない,という実情があり,貧困を感じにくい。日本は相続税がシビアなので,とんでもない金持ちは少ないのかもしれないけど,でも帝塚山あたりにはセレブもいるんだろうし(?),どうにかならないのだろうか。関西人の底力を見せてほしいものだ。

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